チェコの有力紙ムラダー・フロンタ・ドネスが22日、特ダネを報じました。その記事を世界のメディアが後追いしました。
Che Guevara se skrýval s milenkou v domě u Prahy.
チェ・ゲバラが、プラハに近い住居で、恋人をかくまっていた。
http://zpravy.idnes.cz/che-guevara-se-skryval-s-milenkou-v-dome-u-prahy-vypatrali-jsme-kde-10w-/domaci.asp?c=A100121_171835_domaci_pei
外国人として唯一キューバ革命軍に入ったアルゼンチン人医師、チェ・ゲバラは政府軍との激しい戦闘を繰り広げ、1959年に、フィデル・カストロとともに、キューバ革命を成し遂げました。

ゲバラは革命後、カストロ政権の主要閣僚としてキューバ国政を担いましたが、「圧政に苦しむ世界の人々を救いたい」として、カストロに別れの手紙を書き、その後、アフリカ・コンゴへと渡って、ゲリラ戦線に加わりました。
しかし、持病の喘息に苦しめられ、1966年に一時帰国。その後、南米ボリビアに渡り、ふたたび、レジスタンスの戦いに身を投じましたが、翌年67年10月、政府軍に捕らえられ、処刑されたのです。
その後、反骨のカリスマとして、全世界にその名前が知れ渡ったのはご存じの通り。拙ブログでも何度か、ゲバラの話題を取り上げました
『チェ・ゲバラ28歳の革命』
http://sasakima.iza.ne.jp/blog/entry/973423/
『ゲバラはなぜ人気があるのか』
http://sasakima.iza.ne.jp/blog/entry/890707/

ドネス紙が伝えたチェ・ゲバラのチェコ潜伏ですが、この事実は、すでに数々の記録から知られていました。
ゲバラは、コンゴからキューバに向かう際、チェコに立ち寄り、モスクワ経由で帰国したのです。しかし、チェコでどのように暮らしていたかは判然としていませんでした。
ドネス紙は公文書館に残る記録や、当時を知る人々の証言をえて、ゲバラの滞在がどのようなものだったか、光を当てたのです。
同紙によれば、ゲバラが滞在していたのは、チェコ・プラハ近郊のラドヴィ(Ladvi)という小さな村。コンゴで、ソ連製の劣悪な薬のせいで、「死にかけた」というゲバラは、喘息の療養のために、この村を訪れたようです。
ゲバラは、トレードマークの髭を剃り、髪を切り、本人と見分けが付かないような変装をしていました。諜報機関のチェコスロバキア内務省がゲバラの行動を監視していて、この滞在はトップシークレットにされていました。
滞在した住居を探し当てたドネス紙の記者は、当時を知る地元の人から「キューバの人が住んでいたのを今でも覚えている」との証言を得ています。
チェコでの生活には、チェはある女性を連れ添っていました。
東ドイツ生まれのタマーラ・ブンケという謎の女性です。美しい容貌ですが、写真をみると、心の強そうな眼差しをしていますね。
http://i.idnes.cz/10/013/gal/JB309e5a_Tamara.jpg
彼女は「ターニャ」と呼ばれており、偽の名前と偽のパスポート、ビザを与えられ、ゲバラの元に寄り添っていました。
彼女は諜報機関の訓練を受けていたとされる女性エージェントで、ドネス紙は「ゲバラの恋人だった」と報じています。
ターニャ以外にも、数人の仲間と共に、ひっそりとした暮らしを送っていたようです。
外出することはまれでしたが、ゲバラは温泉に行くのが好きで、ときどきレストランにも出向いていたようですね。
彼が、チェコの印象を友人に語った言葉を同紙は伝えています。
「ここでは何もかもどんよりしていて灰色で活気がない。これは社会主義ではない。失敗作だ」
1968年には、「人の顔をした社会主義」で、国を改革しようとしたドプチェク氏が共産党第一書記に就任し、そのことがプラハの春が起きる要因となるのですが、ゲバラがチェコにいたころは、まだ党中央の締め付けが厳しく、人々は覇気を失っていたのです。
クレムリンに楯突く民衆のうねりは、ゲバラがチェコを去ってから起こるのです。

ゲバラは1966年7月19日、ウルグアイ人になりすまし、チェコを後にしました。
ターニャはその後、どうなったか、同紙は伝えていません。また、どうしてゲバラに寄り添っていたのかも、わかりません。
反骨のカリスマをも虜にした女スパイの生涯がどう閉じたのか、非常に関心があります。チェコ諜報機関の記録に残っているようです。
ゲバラはその1年後、ボリビア政府軍に捕らえられ、銃殺されるのです。チェコはゲバラにとって、最後の欧州滞在地になったのです。
ドネス紙の取材に対し、同国の歴史家は、公文書館に残るこうした記録は「関連性がある」として、信憑性が高いものであることを証言しています。
ゲバラの生涯については、これまで、数々の名監督が映画作品に残していますが、今後、コンゴからチェコに続く時期の記録がさらに明らかになれば、アフリカ・欧州篇も製作される可能性もあるかもしれません
by osakakingyo
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